孫に見出だしてもらった過去に放ちかけた光。
そりゃ、最高に嬉しいだろうな。
どんなに小さくても今の光を灯していたい。俺は
つつじヶ丘駅、ちょっと散歩してみた。
北口、街道沿いに曹洞禅宗の寺があった。境内には色んな像があるし、山門には仁王像もあって結構立派なお寺だった。
無宗教な私だが、只管打座は素晴らしいな。無の心で何かに取り組みたいものです。
まずは、歯医者に指摘された10分歯のブラッシング。チャチャッと済まさない!
ここ数年の最大の課題は、
降圧剤を飲まないで血圧を安定させる事。完全に降圧剤とおさらばしたわけではないが、大きな転機や怒りを感じても、
上がらなくなった!
達観したのかな、いやいや、今日聴いたビートルズやマイルスが、単純に楽しくなっただけさ。
今日、撮影所の周り一周してみた。随分以前から、中には入れなくなってしまったが、有名人がここに来たりしているんだな。
有名人見ても驚かなくなった・・・んじゃないよ・・単純に驚けるようになったのさ。
素敵なオオエルさん達が思い出させてくれたエンタメの本質
八幡山の原っぱ広場は、電車から見ていると周りの道に対してなにか存在が浮いている。
そんなどうでもいい違和感を解消するために、八幡山駅を出て現地へ向かってみた。
その名前の通り、公園の半分に原っぱが広がる不思議な空間だった。原っぱで父子が遊ぶなんともメルヘンな風景があった。不思議に斜めに存在する公園の横に祠があったり、もしかしたら元は川かな?、線路かな?とか思ったが、説明書きなど何もない。環八を挟んだ対岸も同じように斜めな道があるから、きっと北北西に向かう世田谷区北西地域の古い地勢の名残なのかな?などと思った。
最近そういう本も多いが、都市化で見えなくなった古くからの地勢とか見えると面白いし、もしかして災害対策にもなるのかな。
今毎日いる場所の昔が解ると、ぞっとしたりするよな
交通ルールは守りましょう!
大國魂神社で人形流しやったぞ、
初めてー! 神社の中に入るのも初めてだ。
入口の交差点で交通整理はしたことあるな、、、
流すべきけがれ ですかな
後で気づいたよ、
流しちゃいかんのだよ、教訓にしなきゃ。
流すべきは、己の弱き精神。ですか
マンション前にある店。六年前ここ迄歩くのが目標だった。
歳月がもたらしたものは・・・何も無い。というのがもたらされたものかな。唯生きる、生きている事自体、一ミリの奇跡。
虚無ではない。昔以上に野心家である。生来のジョーンズである。唯、六年前と同じ店で買った古秘が妙に嬉しいだけだ。唯それだけ、唯それだけ。
一本の焼酎がもたらしたものは、脚の張りと
うーんなんだろう、
感謝かな・・・。
装具無しで焼酎の瓶運べるのは、結構な進歩なんだぜ。これでも
用事で近くにきたので、
芦花公園駅で降りてみた。普段は通過するだけの駅だが、昔は車でよく通った街だ。随分変わったが、線路の北側は余り変わってないかな?。最近では、世田谷文学館に行っただけだ。
南口前の地図で目的地を探すと、烏山神社というのがあった。行ってみよう。
綺麗に整備された団地を過ぎると烏山神社のそこだけ異空間のような境内があった。狛犬などはかなり古そうだ。
缶コーヒーを飲みながらしばらくそこでボーッと過ごす。タイムトリップしてしまいそうな感覚になった。
これから価値観は変わっていくのかな?、変わらないのかな?街も俺も。
駅前に戻って踏み切りを渡る軽トラをよく見たら、運転手が俺だった。
時をかける俺
今年調布から外に出たのは仕事だけ、あ、千歳烏山に行ったか、あとは正月産土神詣の川越八幡と、お彼岸と、御祝いの三回だけ。なんとも退屈かと思ったら、
地元散歩、
これが案外楽しい。
今日も家族三人で国領駅前迄散歩。
足腰達者なお婆ちゃんは、遠くから呼ぶと走って近づいて来ようとする。あわててやめてもらう。
ようやく、たいこうぼうの鯛焼きを買う時「三匹くださーい!」って言えるようになった。
幼少時代、川越八幡に幼稚園があって通ってた。結構遠かったが、その道中が楽しかった。その頃から歩くの好きだったな。
緊急事態がきっかけだが、今は歩くのちょっと大変だが、最近歩いてばかり。
このペース取り戻したかな。
なんか楽しい
昨日、たまたま聴かされた若い演奏に、昭和の良さを聴いたような気がして。
そういう良さも若者の方が素直に感じられるのかななんてふと思ったりした。
忙しくて、急いで先を見すぎたのかな、
調布銀座の老舗和菓子屋が今月いっぱい、いざ閉店となるととてもさびしい。
今ある幸せ、有り難みをゆっくり永く大切にしたいな。
駅入口バス停を通りすぎて、京王多摩川の街に入って行く。
この街はかつて遊園地があって栄えた街だが、今は公営イベントがある日以外はとてもひっそりした街だ。とはいえ、調布の水のリゾートの入口みたいなところで、緊急事態宣言下とはいえ、少し人通りが増えている感じだった。
巷を騒がす疫病、その騒ぎの不要論は肯定も否定もしないが、実際に医療現場は現在逼迫し被害者もいるのだから、矢張外出はなるべく控えよう。
とはいえGW、せめて市内のリゾート、土手でのんびり。天気も良く気持ちよかった。
しかし残念だったのは、そこに開店したばかりだったお気に入りのカフェが早くも閉店してしまったこと。そのあとに出来た弁当屋の唐揚げは美味しかったが、、
ある時をさかいに大きく変わってしまう。個人的にもそれを味わったが、、それでも変わらず続けて行けるものはあるって信じたいな。綺麗事かな?
布田駅から近い国領神社。藤まつり、地元なのに見たのは初めて。
千年乃藤はなかなか立派で、境内には特設ステージがあり、入場制限があったが地元のお囃子がなかなか楽しかった。
定番の獅子舞におかめ、ひょっとこ、それと目見開いて怒っているやつ。
明日は緊急事態宣言で、祭りも中止。
仕事が出来ず、口を突きだして外を眺めるひょっとこか、もはや何に対するか怒り面、おかめの笑顔に救われるか、
病気になった時から、そんな気持ちだったさ。
もはや踊ってしまえ
駅前で「○○マルシェ」っていう催し物やってた。どうやら誰かのために手作りした物、の市場らしい。子供の為、孫の為、それぞれだが、地図お宅の私には、都道府県など別につくられた市町村の木製パズルがツボってしまった。そういえば子供の頃つくりたいと思ったな。実際やってしまう人ってスゴいっていうか、アホっていうか、嫌いじゃないっていうか。
自分が好きでやった事が、結果的に誰かの為になるってなんか自然体で素敵。きっとそこには届けたい誰かがいるんだろうから
先日のお彼岸、久しぶりに息子の運転で川越に墓参り、実家の玄関先で元気そうな母にも会えた。
そのおりに、川越氷川神社に寄ってみた。氷川神社といえば大宮が有名たが、ここも創建はかなり古く古墳時代だということだ。境内こじんまりとしているが古雅で社殿の彫刻は立派で、観光客にも人気があるスポット。実は自分の故郷ではあるが、訪れたのは兄の結婚式以来だし、子供の頃もあまり行かなかった。
幼少の頃は、川越祭りの時、川越の総鎮守であるここ迄各町内の山車は訪れていた。神社前の道は狭くて坂で、苦労していたのを覚えている。今は市役所前の広場に山車が勢揃いし、神様が出てきてくださり、、、その光景は見事だが、祭りの主旨としてはどうよ?という感じだ。今はコロナでその祭り自体も中止なのだから、これからどうなっていくのか、、、
もっとも神事自体は行われているだろうから、むしろより本質に戻って行くと解釈するべきなのか。
エスディージーズじゃないが、人間ちょっと賢いと勘違いして浮かれてる場合じゃないのかも。土とともに生きようっていうアニメ映画の言葉が単なる理想じゃなくなる日が来るかも知れない。
それはそうと、氷川神社裏の新河岸川の桜は見事であった
先日、
午後から診察をひかえた平日の午前、野川を榎木橋から国領迄散歩した。満開前とはいえ桜は美しく、人も少なくゆっくり堪能できた。
旧榎木橋は欄干だけで、その下?は遊歩道になっていた。遊歩道や下流の団地の辺りに野川の旧河川の跡らしきものが見られ、今綺麗なこの美しい桜並木のある野川も人工的に整備されたものであることが解った。
本当の自然な姿ではないとはいえ、鳥が水浴びし、桜と土手の菜の花のコントラストが美しかったり、自然の大きさと人間のけなげさを同時に感じた。
人の歴史って、自然に対する人間の欲望の結果かな
久しぶりに深大寺行って来た。久しぶりのそばだんごがうまかった。
本堂も修復が終わってきれいになったが、隣の元三大師堂の立派さが印象に残った。
生まれ故郷川越の喜多院の本堂、慈恵堂。ここ数年でたまたま訪れた上野寛永寺、地元深大寺。たまたま全部慈恵大師(元三大師)で繋がった。
この良源っていうお坊さんについて、本でも読んでみようかな
公共事業でも、事務仕事でも、その基本的な部分をおろそかにして進行すると、おもわぬ失敗や時間の無駄を被る、という事だろう。
大きなプロジェクトには、それは小さな事なのかもしれない。でも大きなプロジェクトも小さな(その一つ一つにとっては大きな)暮らしの上に成り立っている。それを忘れると、大きな失敗につながる危険がある。
昨今のコロナ禍にしても、それにより皆が衛生に敏感になり、結果インフルエンザの流行が抑えられている。つまり手洗いマスクなど基本的な事が普段からいかに大切かという事だ。
ところで、
この期間は、家族や近所を見直す時と解釈し、先日は京王多摩川の浜食迄散歩した。健康の基本は食事から、無添加の漬物をみつくろってきた。
炊きたてご飯にお新香アラカルト。絶品